いたいけな瞳 2

「ゼフェル様……ゼフェル様……。こっち、こっちに来てください」

庭園を歩いていたゼフェルを、木の陰から小声で呼ぶ声がする。ゼフェルは彼に話しかけた青年のほうに歩いていった。

「俺に何か用かよ」

「ゼフェル様にしか頼める人がおまへんのや。頼んます!  俺を助けてください」

3日前のマルセルよりも憔悴した様子の青年は、ゼフェルに向かって手を合わせた。

「んだよ、気持ち悪りぃ……。ミョーなのはマルセルだけでたくさんなんだよ、ったくよー」

鋼の守護聖の言葉を聞いて、青年は真面目な顔で言った。

「マルセル様、変なんでっか」

「ああ。なーんか、俺の顔見るとヘラッて笑いやがってよー。前からヘラヘラしたとこあったけど、なーんか、いつもと違うんだよなー」

そう言うとゼフェルは言葉を一旦切り、青年の顔をじっと見つめた。そしてしばしの沈黙の後、言葉を継いだ。

「アンタ、何か知ってるんじゃねーのか」

がっくりと肩を落とした青年は、大きな溜息と共に現在彼を大いに悩ませている事柄について語り始めた。数週間前からマルセルにアルバイトをさせてもらえないかと頼み込まれていたことや、その理由。マルセルの一生懸命さと涙にほだされて、つい倉庫整理の仕事をしてもらうことにしたたこと。そしてアルバイト初日から青年を悩ましている件について……。

「一生懸命に働いてくれてるのはわかりますねん。せやけど商品を入れる棚は間違えるし、割れ物注意の商品を落として台無しにされるわ……えらい、損害が出てますんや。こっちも給料払う立場ですから、少々注意させてもろうたんです。一応、反省はしてくれはるんですけど、殆ど変わりませんねん。これ以上続いたら、取り返しのつかへんことになってしまいますねん。頼んます!!  ゼフェル様から一言、マルセル様に言うてもらえまへんか。ゼフェル様の大事な機械に使こうてた金属は、俺が責任もって手に入れますさかい。後生ですわ、ゼフェル様」

 ゼフェルは青年の言葉にあきれ果てて言い捨てた。

「マルセルを雇ったのはアンタだろ? 俺はカンケーねーよ。それにアンタらの秘密を俺にばらしたことがわかったら、マルセルの野郎、力一杯すねやがるぜ。へそ曲げたマルセルは手ぇつけられねーんだよなー。さすがのランディ野郎もお手上げだぜ? へそ曲げたマルセルをどーにかできるのは……」

ゼフェルはニヤニヤと笑いながら考えるそぶりをして青年の顔を見ている。普段は強気で威勢の良い青年の打ちひしがれた様子を、心底おもしろがっているようだ。それがわかっていながらも、マルセルのアルバイトの発端となったゼフェルしか、青年には頼れる者がなかった。ゼフェルもそれを充分理解している。

「……女王陛下か女王補佐官殿くらいのもんだな。聖地では誰もあの二人に頭が上がんねーもんな。前の女王試験の時も、マルセルはずいぶんなついてたからな」

相変わらず意地悪そうな笑みを浮かべているゼフェルに、青年は言った。

「よー、わかりました。ゼフェル様。お二人にお力を貸してもらうことにします」

素直な青年の態度にゼフェルは意外そうな顔をした。それにかまわず青年は言葉を続ける。

「俺の判断ミスが、今回の騒ぎの原因でっさかいな。そや、ついでに少々、お二人のお耳に入れたほうが良さそうな話を、ちょっと小耳に挟んでんけどな〜。女王試験中にもかかわらず、エアバイクで門の外に出た守護聖様がおって、こともあろうにハイウェイで集団でブイブイ言わしとった暴走族とケンカしとったこととか……」

その言葉を聞いたゼフェルは、青年に食って掛かった。

「てめー、何を証拠に……」

「俺の情報網をなめんほうがよろしいで。そや、誰かさんによう似た若い子が、エアバイクの違法改造部品を大量に買い込んだっちゅー話も聞いたことあるなー。その他にも調べよーと思たら、なんぼでも出てきまっせー。おや? どないしはったんですか? ゼフェル様。身に覚えがないのやったら、どーもおまへんやろ?」

青年は不敵な笑みを浮かべながら、ゼフェルの顔を見つめた。

「どないしたんですか? ゼフェル様。何か、顔色が悪おまっせ」

ゼフェルは固く握った拳を震わせながら、はき捨てるように言った。

「わーったよ。マルセルをどーにかすりゃいいんだろ? クッソー、汚い手ぇ、使いやがって……。覚えてろよ」

最後に低い声で威嚇の言葉を口にしたゼフェルに、満足そうな表情を浮かべた青年は実に面白そうに言った。

「ええんですか? さっきのことは、この場限りに忘れるつもりでしてんけど……。ほな、ずーっと忘れんよーにしときましょ」


交渉事の駆け引きは、百戦錬磨のチャーリーの勝ち。
それでも泣く子には勝てません(笑)。


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