困惑の逆海老固め 2


 自分の名を呼ぶ声に気づいて目を開くと、ゼフェルの顔のすぐそばに地の守護聖の顔があった。心配そうにのぞき込むその表情は、彼のよく知っている、のんきでお人好しの青年のものだった。

「ゼフェル、こんな所でお昼寝なんかしていたら、日射病になってしまいますよ」

目覚めたばかりで、よく回らない思考の中でルヴァの声を聞いた少年守護聖の表情は、突然驚愕のそれに変わる。

「寝ぼけてるんですか? ゼフェル?」

鋼の守護聖はガバッと飛び起き、彼の寝顔をのぞき込んでいたルヴァの手をひったくるように掴んだ。その拍子にバランスを崩した地の守護聖は、ゼフェルの傍らに倒れ込む。

「あーーー、何をするんですか、突然」

ゼフェルは無言でルヴァの手を凝視している。そして指と指の間に膜がないことを自分の指先で確認した。そしてもう片方の手も同じように、『水かき』のようなものがないことを確かめる。日頃から何かと世話を焼いている少年守護聖の尋常ではない行動に驚いたルヴァだったが、何かに集中している時には、何を言っても耳に入らないことを知っていたので、ゼフェルの気が済むまで自分の手を好きにさせていた。やがて鋼の守護聖は大きな溜息を一つつき、渾身の力を込めて掴んでいた手から力を抜いた。

「どうしました、ゼフェル。何か夢でも見ていたんですか?」

倒れ込んだ情けない体勢のままでルヴァはゼフェルに話しかけた。その目はいつもゼフェルを見守っている、穏やかな地の守護聖のものに違いなかった。しかし背中を濡らしている冷たい汗に正気づいた鋼の守護聖は、無言で倒れ込んでいる青年をさらに地面に突っ伏す形で押さえ込み、間髪を入れず逆海老固めをかけた。そして素早くルヴァの衣服の裾をまくり上げ、靴と靴下をはぎ取ってその足の指の間を見つめ、さらに何もないことを再確認するように足の指の間に自分の指を差し込む。10本の足の指の全てを同じように確認した後、ようやくゼフェルは安堵の溜息をついた。

「ゼフェル、ゼフェル、離してください。腰が……痛いです。早く……」

後方から聞こえてくる悲痛な訴えに気がついたゼフェルは、ルヴァを解放した。肉体的にも精神的にも大きなダメージを受けている地の守護聖は、ターバンが外れていないかどうかをまず確認した後、身繕いもそこそこに教え子に尋ねた。

「具合でも悪いんですか?」

「何でもねーよ。ちょっと夢見が悪かっただけだ」

とぶっきらぼうに答えると、さっさと立ち去ってしまった。

 

 何故、突然、有無を言わさぬ勢いで地面に引き倒され、その上渾身の力を込めたプロレス技をかけられ、足をくすぐられなくてはならないのか。知らぬ間にゼフェルの気に障るようなことをしたのだろうかと自問してみても、思い当たる節が全くない、一人取り残された地の守護聖は、その場に座り込んだまま、しばらくの間動くことができなかった。

「ルヴァ様、どうかされましたか?」

そこに偶然通りかかった王立研究院主任のエルンストが、放心状態にあるルヴァに声をかけた。彼は常に冷静さを失わない青年に心配をかけまいと、ひきつった笑顔で答えた。

「いえ、ちょっとね、夢見が悪かったそうなんです」

智恵を司るはずの地の守護聖の言葉とは思えないとんちんかんな返答に困惑したエルンストは、無表情に言った。

「そうですか。それではお大事に」


2ページ目でルヴァが履いているのは、カシミヤ100%のももしきです。
冷え性のルヴァに、ゼフェルがプレゼントしたそうです。


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