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カムイ・コージ 

「あれー。珍しいじゃん」
 控え室で一人で雑誌を読んでいるカムイの前に、人影ができる。肘をついたまま顔を上げると、目の前には森田コージの姿があった。
「一人? 功刀さんは?」
「体調不良で休み」
「ふーん」
 コージはカムイの前に座ると、灰皿に置かれていた吸い差しの煙草に手を伸ばす。雑誌を読んだ状態のまま、カムイはそのコージの手を叩く。
「いったいなあ…何すんだよっ」
「お前、未成年だろう?」
 視線は雑誌に向けたまま不機嫌な口調でカムイは言うと、指に挟んだ煙草を口元に持っていく。そしてやっと顔を上げると、煙をコージの顔に吐き出した。
「いいじゃんかよ、別に煙草ぐらい」
「駄目だ。市川さん、何も言わないのか?」
「市川さんの前では吸わないもん」
「吸わないもん、じゃないよ。ったく、あの人だけは絶対に怒らせるな。普段静かだからこそ余計に、一度怒ったらアウトだと思え」
 カムイは煙草を灰皿に押しつける。
「わかってるけど……」
 再びカムイは雑誌に目をやるが、コージは前から動こうとしなかった。
「功刀さん、なんで休みなのかな」
 人の言うことを聞いていないのかもしれない。カムイが無視していると、テーブルごと動かしてくる。
「ねえねえ、なんで休みなのかな。ねえねえ」
「………だから、体調不良だって」
「羽鳥さんも休みなんだよ」
 顔を上げたカムイの目を見つめ、コージは続けてくる。
「なんでそこで羽鳥さんの名前が出てくる?」
「だって、カムイさあ、功刀さんのこと、好きだったんだろう?」
 テーブルに両肘をつき、カムイの顔を下から覗き込んでくる。大きな二重の瞳には何も隠せない。
「別にそういうわけじゃない」
「そういうわけじゃないって、好きじゃないってこと?」
「好きじゃないわけじゃないけど…」
 この年下の男はどこまで何を知っているのか。
 説明する必要性はなかったが、問われるままに答えてしまう。
「って…なんでそんな話をしなくちゃいけないんだ?」
「俺、カムイのこと好きだから」
 体勢を変えることなく、コージはおもむろに告白してくる。カムイは目の前の男の顔をじっと見つめた。
 前々からそういう気配は見せられていたが、まともに告白されたのは初めてのことだった。
「俺、男だよ?」
「そんなの知ってるけど、功刀さんと散々噂が立っているカムイが、なんでそういうことを言うかな」
 頬を僅かに膨らませコージは不満を口にする。
「コージくん。そこにいる? そろそろ撮影の準備しないといけないんで、メイク室に来てくれるかな」
 控え室の扉がノックされて、メイクさんが顔を出した。
「はい、お願いします」
 コージは愛想良く返事をするが、すぐには立ち上がずに、カムイを凝視している。
「……メイク室行けよ」
「俺、本気だから。押しつけようなんて思ってはないけど、とりあえずきっちり返事してくれよな」
 テーブルに両手を突いて立ち上がったコージは、カムイの胸倉を掴むと、ぎゅっと自分の方へ引き寄せた。間近に迫った整った顔にカムイは息を呑む。
「本気だかんな」
 噛みつくようなキスが、一瞬で離れていく。怒ったような顔のまま、コージは控え室を出て行った。
 壊れんばかりの勢いで閉まる扉を、カムイは呆然と見つめた。唇を軽く拭い、それから呟く。
「……本気?」
 ワタセエージェンシーには、社員にしても自分よりも年上の人間が多い。
 年下で、無邪気に自分を慕ってくる少年が、可愛かったし、彼を遊び半分で苛めるのは楽しみのひとつだった。
 その少年が、自分を本気で好きだと言ってくることがあることなど、想像したこともなかった。
 けれど冗談で流すには、彼の目は真剣過ぎた。
 想像もしていなかったからと言って、何も答えを出さないわけにもいかない。真剣な言葉に対しては、真剣に応じなければならない。
「でも…」
 カムイは額に手をやって、混乱する気持ちを落ち着かせようとする。


 二人揃っての撮影は、某メンズファッション誌でのブランド特集だった。ラフな格好やストリーロ系の服装が多かったコージだが、スタンドカラーのモダンテイストのスーツも似合っていた。
 普段は上げている前髪を下ろし顔の半分を隠すようにして物憂げな表情を浮かべると、実際よりも大人びて見える。
「へえ、コージくん、そういう衣装も似合うじゃない」
 顔見知りのスタイリストたちが、口を揃えてコージを賞賛する。同じタイプのスーツを胸を大きく開けて着ていたカムイも、彼らの言葉には賛同していた。
「なんだよ。孫にも衣装って言いたいのかよ」
 コージはカムイの視線に照れたように頬を膨らませる。
「いや。似合ってると思って」
 正直に感想を述べると、コージは耳まで真っ赤に染めた。
「それって………」
 撮影を始めポーズを取りながら、周囲には聞こえないようにぼそぼそと話す。
「ああ、でもさっきの答えとは別だよ。あれについては、もう少し返事をするまでの時間をもらいたいんでね」
「えー」
「コージくん。顔、そっち向けないで」
 撮影だということを忘れて素の表情をカムイに向けるコージに注意が入る。
「ばか。さり気なく返事しろよ」
「え、でもさ、功刀さんはもう駄目なんだから、いいじゃん。俺にしなよ。お買い得だと思うけどな。気持ちがはっきりしないでも、とりあえず体からってのはどう?」
 あまりに無邪気な言葉に吹き出すと、今度はカムイが注意される。
「なかなかの申し出だとは思うけど。さっきも言ったように、俺別に、功刀さんのことが好きだったわけじゃないから、振られてないんだよな」
「………ってことは、カムイ、今、恋人いるの?」
 コージの問いには答えず、カムイは口元に笑みを浮かべた。
「いるの! 誰誰誰っ」
 またまた撮影を忘れて、カムイの両肩に手を掴んでくるコージの頭の上に、スタッフの雷が落ちる羽目になった。

 
 撮影のあとでカムイは、「とりあえずまず友達からってことで」と、コージに右手を差し出した。恋人がいたか否かについての質問に対しては、何を言われても答えはしなかった。